<1997年に書いた物を転載>

 ドラマなどでもそうだけど、現実でも色々と問題ってのは起きる。それに対してどう対応していくか、というのが、大事だろう。ちなみに自分の考えについては結構いい加減かも知れない。特に一貫した考えも無いし。ただまあ・・・あまり人の事にとやかくは言わないようにはしてる(言うこともあるんだけどさ(^^;)。

 今日TVをつけていたら不倫がどうのこうの、とやっていた。そりゃ、不倫は良くないよね。でも不倫をしている人について何を言うかな・・・となると考えてしまう。遊びならば勝手にしたらええやん、とか思うし、両者が本気ならば・・・その二人の気持ちに対して何を言えるだろう?人の事に口を出すという事は、その事について責任を負わなければならないだろう。私は無責任である事を自覚しているので、出来る限り余計な事は言わない。不倫にしたって、両者がその気ならば、それをやめろ、とまで言うとしたら、その当人、もしくは伴侶と友人であるとかそうでも無い限り、余計なお世話だろう(友人であっても、多少お節介野郎な気がするがね(笑))。

 ただ、性格かなぁ・・・自分が思った感想をそのまま言ってしまうことがある(^^;。勿論私見である事を断ってではあるし、訊ねられて答えるというパターンが多いのだが・・・(^^;。まあ、参考程度にしてね、ってなもんである。決して私の意見を採り入れるのが正しいなどとは言わない。あくまでも、私がどう思うか、である。それこそ私の言っている事をそのまま受け入れられて、それを私のせいにされても困るから、人様に偉そうな事は言えない(笑)。

 考えてみたら、大学時代にはやたら人から相談受けて、それをまた馬鹿正直に考えたりしたもんだから、一時期相当ブルーになっていた(^^;。そりゃまあねぇ、相談するって事は、それだけその人は悩んでいる訳で、そんな相談の電話が毎日のようにあったり、実際に人が家に来て酒飲みながら語り入れたりしてたら・・・そりゃ疲れるし、適当にあしらえなかったせいで、これまた精神疲労が激しい(笑)。その時に色々と自分の考えや人への対応方法が決まった気がする。

 結局、人は自分の答えを無意識にしろ持っているのだろう。だから人に相談する形で自分のその悩みについてまとめ、その中で自分の考えを確認していくのだ。そう思ってからは、益々責任を背負うような事は言えなくなる。あくまで考えの候補を一つ二つ増やすだけで、最終的に選択するのは、その相手である、という形を守る。そうしないと、必ず後に後悔するのはその相手であるだろうから。私の考えを聞くのもその相手の選択なのだ。そしてそこで出てきた私の答えに心が揺れるならば、それが正解なのだろう、その人の。それが分かる時もあるんだけどね。相談という形を取っているが、どうやら、既に考えはほぼ決まっていて、最後の確認に来たんだな、という場合が。その時は・・・意地が悪い私は、わざと正反対の事を言ってやる(笑)ムキになれば、間違いなくその相手は自分自身の回答へ突き進む。