昨日、会社に行く時に個人ケータイを忘れた。ネックストラップつけて、ずっと肌身離さず持っていられるようにしてるんだが、流石に家にいる時は外している。朝、会社へ行く際に首にかけて後はそのまま帰宅するまで持っている訳だ。それを朝、忘れてしまったが為に、面倒臭い事になった。

 モバイルSuicaにしているので、これが無いと電車に乗るのが面倒な事になる。定期もこれだしね。それが通勤でまずわざわざ切符を買わなくてはならない。更に昨日は外出の用もあって、会社からJRと地下鉄で移動しなくてはならなかったんだが、それもわざわざ切符を買って改札を通って、更にまた切符を買って(JRはJR、地下鉄は地下鉄だから)……面倒臭い!

 モバイルSuicaだったら、JRの改札口でピッとやって入って、また改札口でピッとやって出て、地下鉄も同様に改札でピッとやれば良い訳だ。ポケットからケータイを出して置くだけ。それで処理されていく。

 お茶が飲みたいな……自販機で買うか……ああ、ここも財布を出して金を入れて買ってお釣りを取って……面倒臭い!

 楽に慣れてしまったら、元に戻っただけの筈の行動がこんなにも面倒に感じるのかとしみじみ思った。

 考えたら、元々は全部財布から金を出して払ってたんだよね。お釣りもまた財布に入れてっていう行動だったんだよね。それが電子マネーによって変わってしまった。特にケータイとセットというのは怖いね。持ち歩いているからこそのケータイであり、だからこそセットになっていると凄く便利だ。だが、忘れてしまうと一気に不便になってしまう。それもダブルで。

 電話して、メールして、ネットして、定期になって、更には切符を買わなくても電車に乗れて(新幹線も乗れるよね)、買い物も財布無しで出来て……金を使っている意識無しに気軽に使えてしまう所が便利であり怖い。たまたま二日程ケータイを忘れて、自分の財布から金を出して払ってという行為を行っている中で、結構金がかかってるなと感じたからかもしれない。普段は全く何も考えずにいただけに、この慣れの怖さを強く感じた。

 でも、またケータイを持ち歩いてたら、気軽に使ってしまうんだろうな。JRの駅周辺の店はモバイルSuicaに対応してる所が多いから、ついつい気軽に買ってしまう気がする。

 電子マネーというのがまた気軽に使えるから便利でありがたいと同時に怖い。自販機でお茶を買うのもケータイでピッとやるだけでいける。130円だろうが150円だろうが、金を出さなくても良いし、お釣りも出ない。

 また、ケータイからの操作だけで買えてしまうという事も、心理的な抵抗が非常に薄く、気軽に買ってしまう気がする。リアルで1000円出してケータイの待ち受けを買うかと言われたら、まず買わないだろう。財布から出す1000円札を見たら、勿体無いと思ってしまうだろう。

 しかし、ケータイで待ち受け500円と書いてある物を、クリックしていくだけで買えてしまうとなると……それも目に見えない所で金が支払われているとなると、かなり抵抗感が薄い。以前、それでピングーの待ち受けを4つぐらい落としてるから、2000円ぐらい使ってしまってる訳だな。リアルだったらあり得ない事だ。

 そしてそのやり方に慣れてしまっている自分に気づかされたのが、昨日と今日だ。うっかりケータイを忘れてしまった事で、非常に不便になったと感じさせられた。勿論、通話もメールもネット閲覧も出来ないという不便さもあるけれど、ケータイで支払いが出来てしまうという便利さに慣れてしまって、それが出来ないという不便さの思いの方が強かった。

 便利になってありがたい。でも、その便利さによって金を使っているという意識が無くなってしまっているのは危ない。便利だけど抑える、そういう意識が必要だな。


Suicaが世界を変える JR東日本が起こす生活革命
東京新聞出版局
椎橋 章夫

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